七宮神社(シチノミヤジンジャ)(通称名:七宮さん)神戸市兵庫区七宮町2-3-21

七宮神社(シチノミヤジンジャ)(通称名:七宮さん)神戸市兵庫区七宮町2-3-21

主祭神:大己貴命(オオナムチノミコト)  
配祀神:大日孁貴命(オオヒルメムチノミコト)、天児屋根命(アメノコヤネノミコト)                    

由 緒:
 御創建の年代は詳かではないが、『延書式』に戴する八部郡汶売神が、七宮の前身と称されている。
 兵庫の津北浜の産土神として、応保三年(1163)、平清盛が福原遷都計画と共に、築島の大工事が無事に竣工した事により、神恩感謝の為、自筆の南無七大明神の神写と金幣を併せて奉納した。平家一族の崇敬特に厚き事、『平家物語巻六経島の事』に記載あり。
 主祭神大己貴命は、大国主命、大物主神、葦原醜男、八千矛神、大国玉神、顧国玉神の七つの御名を称えて七宮神社という。往古、出雲大社の御祭神大己貴命がこの兵庫の地を開拓したことにより、土地開発、航海々上安全、商売繁昌、福徳円満、家内安全、縁結び、無病息災の七大幸福を御神徳とし七大明神と崇敬された。
 彼の有名な高田屋嘉兵衛は、当時西出町に住居し漕船業を営み、常に松前・函館に廻漕していたが、寛政十一年(1799)に幕府の命に応じて巨船を造り、国後・択捉に向かわんとするに先だち、当社に模型船三隻を献納して海上安全を祈願した。その後、航海業者は必ず祈願することに至った。
 明治六年(1873)村社に同八年二月郷社に進み、同十年五月県社に昇格した。昭和二十年(1945)の戦災により、宝物等全部焼失したのは、遺憾の次第である。
神戸の神社 兵庫県神社庁神戸市支部・編著より

社頭(南側)
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社頭(東側)
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鳥居・社号標
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境内
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拝殿
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拝殿内部
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本殿 ご祭神:大己貴命  配祀神:大日孁貴命、天児屋根命
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拝殿前の狛犬①
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拝殿前の狛犬②
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末社 兵庫大神宮
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御祭神:天照大神、豊受大神、天御中主神、高産巣日神、神産巣日神、倭比売命
 明治の初年、伊勢の神宮の御神徳を宣布し、尊厳を仰がんと、神宮教院が創立され、次いで神宮奉斎会となり、全国各府県に神宮神部署支署と共に併設され、明治37年頃に、兵庫県にも神宮奉斎会兵庫県本部が設置されてより、幾変遷を経て、昭和3年太田(七宮神社前宮司)が本部長として兵庫区東山2丁目に奉斎殿を奉祀した。昭和21年5月兵庫大神宮と称し神社を創立した。
昭和29年5月七宮神社境内に遷座され、その後阪神淡路大震災により倒壊し、七宮神社本殿に合わせてお祀りされ、今日に至る。
七宮神社さんのHPより


末社 
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東側入口
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境内
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社務所
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手水舎
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境内案内板
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七宮神社 由緒記
地名 神戸市兵庫区七宮町2-3-21
御祭神:大己貴命(オオナムチノミコト)  
 相殿:大日孁貴命(オオヒルメムチノミコト)、天児屋根命(アメノコヤネノミコト) 
神 徳 航海安全、交通安全、商売繫昌、福徳円満
    家内安全、縁むすび、無病息災の七大幸福
由緒沿革
 御創建の年代は、遠く詳かではありませんが、平安末期平家隆盛の頃には、七宮神社に関する記録が残されていますので、1000年以上の歴史を持つ古社である事は間違いありません。
 七宮と云う社名は神功皇后が201年三韓征伐凱旋帰国の途中七番目に巡拝されたからだい云う説と「白藤宮記録に七宮前身を称えられた主祭神である大己貴命は大国主命、大物主神、葦原醜男、八千矛神、大国玉神、顧国玉神の七つの名を称して七宮神社と云われている説があります。
 平家一族が尊崇された神社で平清盛公が兵庫津を整備するに当り経が島築造の為に会下山の南に無槌山と云う大きな山があって「この山を削って径が島をつくろう」と云う事になり応保元年(1161)2月から愈々昼夜分かたぬ大工事が始められた。だが激しい風が吹き、波が高まって土砂を流し去ってしまい、人夫も清盛たちも疲れきってしまい「いったいどうして島ができぬのであろう」と云う思案顔の清盛のところに家臣の阿波民部重能がやってきて「これは土砂を採石している塩槌山の岩かげに大己貴命が祀られていて、それを知らずにこの山を崩し海に埋めようとしたので、この神が怒って暴風雨を起こすのではないかと云う事で、清盛自筆の「南無七大明神」の神号を奉り現在今の七宮町に祀られたのが七宮神社だと云われ、そしてこの神に祈願し径が島建設もはかどって島は完成しそれ以後七宮神社は兵庫津北浜の産土神として崇拝される神社となった。又 寛政10年(1799)には淡路島五色町出身で西出町に住居を構える豪商高田屋嘉兵衛翁が辰悦丸を含む持ち船三隻の模型を奉納し航海安全を祈願、それ以後海上業者は七宮神社を参拝する様になった。
しかし戦災ににより奉納された船は悉く焼失した。
天正10年(1583)1月19日 正親町天皇にり七宮大明神の勅額及び三種の神宝の絵画を
                 下賜される。
慶長7年(1622)8月     片桐且元、大久保長安が社殿の建立や太刀金幣狛犬を寄進
明治6年(1873)6月     村社
明治8年(1875)2月     郷社
明治10年(1877)5月    県社に昇格
昭和20年(1945)      神戸大空襲により宝物等全部を焼失
平成7年(1995)       阪神淡路大震災により御本殿、社務所等多大な被害を
                 被ったが再建す
以下略





七宮神社 神戸市兵庫区七宮町2-3-21

交通公共 ◆JR「神戸駅」より南西へ700m徒歩10分
兵庫県神社庁さんのHPより








西日本旅客鉄道(JR西日本)神戸駅 南へ1km徒歩5分
神戸駅 南口より阪神高速 3号 神戸線沿いに南へ約850m、七宮神社前交差点の南東に一部玉垣に囲まれて神社が鎮座しています。
入口は南と東に、南側の鳥居をくぐり境内へ、拝殿・本殿が南向きに鎮座、末社の兵庫大神宮は社号標が拝殿の左に立っています。また 稲荷神社は拝殿の東側に鎮座しています。境内は広く車がたくさん駐車されていましたね!!






令和5(2023)年11月21日 参拝   







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